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独逸発! あや太郎新聞

欧州での9年に及ぶ様々な経験を得意の毒舌を生かし、斜め左から書き綴っていきたいと思います。そして私が小学生のころ、学級新聞として書いていた「あや太郎新聞」をここで復活させたいと思います。

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さて、貸切バスにゆられて婚姻パーティーの会場のレストランへ。
またこのバスがアンティークなバスで昭和を思い出させた。

初め席が見付からなかったので立っていたら、隣りにいたマルティナちゃんの従兄弟が席を譲ってくれた。
そこでドイツ語が話せるバーバラという子と知り合った。彼女はマルティナちゃんの従兄弟のパートナーとして来ていた。 彼女は既に親戚や友達などの結婚式に9つも参加したそうで、この年は結婚式の当たり年だったようだ。

私はこの頃にはかなりお腹が空いていて、早くご馳走にありつきたかったのだが、レストランでまず、親戚・友達一同が集るのを待って、ウォッカで乾杯して、「証人」の男性が「i Wesele----!!」と叫んでパーティーが始まった。
「結婚式」という意味で、「証人」はこれを頻繁に叫んで結婚式を盛り上げる役目でもあるようだ。

私はウォッカ(40%)は流石に無理だったので、卵リキュールで代用。その後、スープを初めとして料理が次々出てきて嬉しかったが、想像していたより油っこくて閉口した。スープも油とスープ半々くらいなんじゃないかと言う割合。

後で知り合いに聞いたら、東欧の食事は大概びっくりするほど油っこいそうだ。独逸人がそう言ってるくらいだから、我々からしたら想像を絶する油っこさ。
こんな料理を1年食べたらコレステロール値はすごいし、心筋梗塞の可能性が広がるに違いない。

さらに豚の脂肪に肉や何かを混ぜたナントカ言う料理が出てきた。これはインターネットでこの国を調べた時にも出てきていて独自の料理らしいが、マルティナちゃんが

「これは昔は貧乏な炭鉱労働者のための料理だったんだよね。重労働だから脂肪がいるんだよ。」

と説明してくれた。見た目が気持ち悪くて一口でダウンした。ラードかなんかじゃないだろうか。

しばらくすると、舞台の上にキーボードやベース、ギターのお兄さん達が集り、演奏が始まった。

「美しき青きドナウ」の編曲で始まり、まず新郎・新婦が前に出てワルツを踊り始める。新郎が結構大きい人なので結構決まっている。新婦は丸顔でかわいいタイプ。

一通り踊ると「従者」の人達がいっせいに前に出て来て一緒にワルツを踊り、それにつられて他の(老人以外の)全員が踊りだした。

マルティナちゃんが非常にノリが悪いので、それに付き合って我々は最後まで見ていたが、マルティナちゃんのご両親はとっくに踊りまくっていて、ふと気付いて見るといつの間にか弟のヤチェクも踊っていた。その辺りで気付いたが、ヤチェクは「従者」の一人だった。ヤチェクは小さいし、紛れていて気付かなかった!

踊りが一通り終わるとまた食事の続き。
ここで気付いたが、踊りでカロリーを少し発散させないと、次の食事が入らないのだった。

近くの席にいるマルティナちゃんの伯父さんだか大叔父さんがどうやら「ウォッカおじさん」で、周りに居る人を必ず捕まえて、「かんぱーい!」してウォッカを飲むのが好きらしい。何度もウォッカを勧められたが流石に下戸なので断った。

その辺りからマルティナちゃん曰く
「私、これが大嫌いなんだよねー・・・」

という、独身の男女を中心としたゲームが始まった。大概、日本で言ったら3次会の悪ふざけゲームみたいなゲームを延々とやるのだが、独身の男女のペアがやるもんだとインターネットには書いてあったが、マルティナちゃんのご両親もしっかり参加していた。

段々わかってきたが、ご両親はかなりノリノリペアなのだった。どうしてこの両親からこんなにノリの悪いマルティナが生まれたのか。(ヤチェクは「従者」だから、全部のゲームに参加して盛り上げるのが義務である。)

この頃、マルティナちゃんが
「いつも働いてる工場の騒音が思い出されるから、こんなうるさい所にいるより外に行きたい」

と言い出してレストランの外に散歩に出たりしていたが、実際外に出てみると結構他にも「避難組」がいた。

何しろ最低でも夜中の12時までは続く結婚式なので、途中で休んでおかないと持たないのだろう。

その後、カフェが出て、アイスが出て来てケーキも来てまたダンス。夕食食べてゲーム・・・と延々続き、どれもこれも油っこい上に、結構その油が悪く、日本で行ったら寂れた温泉宿の食事に近い感じだったので(レストランが悪かったらしい。マルティナちゃんにも不評だった。)段々食欲も減り、「いつ終わるんだー・・・」となってきたら、それを見抜かれたか、ヤチェクとマルティナちゃんのお父さんにダンスに連れて行かれた。

この二人は流石に親子でどちらもノリノリ。
お父さんは流石にダンス経験だか結婚式参加経験値が高いのでダンスをリードするのが上手いのだが、何しろ157センチで小さいので170センチの私とではダンスを合わせるのが難しかった。ヤチェクも165センチくらいなので同様。ただし若さ故のスピード感で補っていた。

マルティナちゃん一家は小さい家族なので、私が来た時に
「日本人なのになんて大きいんだ!」

とびっくりしていたらしい。
私は家族でも一番小さいので、うちの家族を見たらさらにびっくりするだろう。オヤジも弟どもも180以上あるのである。

夜も更けてきているのにダンスはさらに盛り上がり、最後は手をつないで全員が会場中踊り回っていた。こんなのは流石にドイツではないだろうな・・・という実感。 流石スラヴ系のポーランド人。

のちに知り合ったトーマシュというマルティナちゃんの友達と、知り合いのやたらスキンシップを取って来る滅多やたら親切なロシア人女性について話していたとき、

「東欧のスラヴ民族は感情豊かだから、表現も大袈裟なんだよ。まあ、僕らは東欧と西欧の中間くらいだからそんなでもないけどね。」

と言っていたが、そんなでもあると十分言える状態だった。

夜中の12時になると、そこで花嫁はベールを取って別の女性に渡す。そこで「人妻」だと言う事になるらしいが、そのベールが誰に渡されるのかと思ったら、ヤチェクのパートナーのアニエシュカだった。

これが済んだらパーティーも終わりに近いらしい。
そこからゲームをまたして、最後に全員で踊ってその夜は終了。バスで途中まで帰宅して、その後、運転用に飲酒を控えていたマルティナちゃんの運転で家に帰ったのだが、バスの中は酔っ払いだらけで、途中道を間違えていたのに素面がいなくて、話がこんがらがっていて結構大変だった。

ちなみに終了したのが夜中の2時。就寝したのは4時に近かったはず。

なのに次の日はNachfeier だとか言ってまたパーティー。
しかも、たまたま花嫁のお母さんが50歳の誕生日だったので、次の日10時半からそのお祝いのミサ。

同じ親戚一同が集ったが、流石に皆、朝早すぎて顔が死んでいた。

ミサの後、また同じレストランに集り、外で待機していると「Wesele---!!」という掛け声とともに「証人」到着。そこにいた若いペアもその声を聞いて、
「もういいよ・・・」
というモードを醸し出していたのが中々ウケタ。

そこから再びパーティー。昨日同様、ウォッカで乾杯してダンス。花嫁は既にベールを取っているので、今日は違う色の華やかなドレス。

内容は昨日と一緒だったが、マルティナちゃんも私も流石に疲れたので頻繁に外に避難していた。
途中、「従者」のくせに、ヤチェク達も避難に来て、話し込んでいたらお母さんが探しに来てしまった。
ノリが悪すぎたらしい。

2日目はでも、流石に18時に終了。新郎・新婦にまたお祝いを言ってお土産のケーキを新婦の母からいただいて帰宅。
流石に全員グッタリであった。

しかし、その週末には、今度はマルティナちゃんのお母さんの従兄弟の再婚式が待っていた・・・・。

「続く」


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