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独逸発! あや太郎新聞

欧州での9年に及ぶ様々な経験を得意の毒舌を生かし、斜め左から書き綴っていきたいと思います。そして私が小学生のころ、学級新聞として書いていた「あや太郎新聞」をここで復活させたいと思います。

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ドイツのゴミの分別が結構厳しい事をご存じの人は多いと思う。

地域によって差はあるが、大概田舎に行くほど厳しく、再生ゴミ・紙ゴミ・場合によってはある有機ゴミ・そしてそれ以外の余ったものを入れるRest Müll という4つに大概分けられる。

粗大ごみは電話をして取りに来てもらう・・・という地域が最近増えたが、地域によっては粗大ごみの日に一斉に粗大ゴミを外の通りに出す。これが私にとっては何とも楽しい日で、こういう日は粗大ゴミハンターになって、通りの上の使えそうな粗大ゴミを漁りにあちこちを周遊するのである。こんな日が大体年に2回ある。

夕方の日が暮れる辺りから人々は粗大ゴミを通りに運び始めるので、粗大ゴミハンターたちは懐中電灯を持って漁り始める。

街の中には大概、公園の近くや自然が多いなどというお金持ちが住む地域があり、そこに行くとやはり素敵な粗大ゴミがいっぱいある。でも、自分が住んでいる所からそういう場所は大概遠いいので、二人ひと組で行かないと、本棚や机などの大物は運べない。

私は近くの中流家庭の地域を主に狙っていた。
今までに手に入れたのは、中々綺麗な机や本棚。全然使われていない牛柄のソファーも見つけて、すごく欲しかったが重くて運べなかった。

引っ越したばかりで家具が無い時など、買わないで段ボールを机代わりにして2カ月ほど生活して、この粗大ごみの日に家具を揃えたりしていた。

今、住んでいる街はどういう訳か、あまり盛大に粗大ゴミの日が来ないのだが、私の住んでいる地域がまた外国人居住地区の中のヒッピーが集まった建物だったがために、本当にいらない屑みたいな粗大ごみしか出てこないもんだから、前ほど私は熱心では無い。

こういうのは楽しいのだが、以前、ゴミの事で閉口したのが旧東ドイツに住んでいた時。

そこは旧東ドイツの中でもチェコの国境に近い山岳地帯の小さな町で、アジア人は旧東時代に移住して来ていたベトナム人が数人と、日本人は私とオーケストラのもう一人の日本人の方とのたった二人で、外を歩けば珍しがられて上から下まで見られてしまう様な、今時珍しい辺境の地だった。

今はどこでもアジアの留学生や旅行者はかなり多いから、珍しがられたりする事なんて滅多に無く、私はここで結構新鮮な思いをした。きっと幕末や明治に留学した人たちはこんな感じだったのではないか?とすら思った。(無論、彼らは金銭的にもっと窮乏していたろうが。)

そこに部屋探しに行った時に駅前のペンションに泊まった時など、ペンションのオヤジさんに、

「こんな若い娘さんがこんな辺境に一人で来るなんて!!」

と驚かれたほどだ。

ここはまだ旧東が結構残っていて、洗面台などを見ると、栓にくっついている鎖や、排水溝がなんとプラスティックで出来ている。当時はどうやら鉄が不足していたらしい。
レストランでも出てくる皿やスプーンやナイフなど全てにDDR と書いてあった。全部ワンブランドだ。

見つけた部屋は大家さん家族が住んでいる建物の3階で、大家さんの旦那さんが昔使っていた部屋を下宿に改造したそうである。外から見ると、石炭ストーブのせいで煤で汚れて真っ黒なのだが、中は綺麗に作り直された素敵な部屋だった。

街の人や、オーケストラの人たちは親切で、生活自体は楽しめたが、やはり街には右翼の連中が潜んでいるので、近づいてはいけないバーなどがあった。

過疎化の進んだ所で、誰も住んでいない建物などが立ち並んで人気の無い所も多かった。だからだろうが、オーケストラの人に「危ない目にあったら、とにかく大きな声を出さないと人があまり住んでいないからね!」と脅された。

この地方はさらに非常に冬が厳しく、この年もマイナス20度くらいまで下がった。雪も降り積もって日も照らない暗い冬場はまさにザクセンなんだなあ・・・と感じいったくらいだ。

そのせいもあって一度私は風邪を引きこんで寝込んでしまった。
そうは言っても一人暮らしだから、ご飯の支度も買い物もなんとか自分でしなくてはならない。

買い込んでいた食料で寝込んでいた時は何とかしていたが、その時、流石の私もゴミの分別をする体力は無かったので、全部いっしょくたにして捨てていた。

それをその後、大家さんに見つけられてしまったのである。

大家さんいわく、

「Rest Muell のゴミ箱がいっぱいになってしまっていたので良く見てみたのだけれど、牛乳パックやヨーグルトのケースみたいなのは再生ゴミに入れて頂戴ね!そうすれば減らせるでしょう?」

と、和やかに言われたのだが、そこまでチェックされているとは流石に恐れ入った。
どうやら、下の階で旦那さんと子供と暮らしている大家さんの娘さんが気にしている様だ。

その後も娘さんから大家さんを通して別件でも注意されたから、彼女は怪しい東洋人を相当警戒していたのかもしれない。

ところでゴミである。再生ゴミに分けたとしても、どうもこのRest Müll のゴミ箱が異様に小さく、他のゴミ箱の2分の一ほどしかないので、どうしても溢れてしまう。

これは大きなゴミ箱にすると、業者に払うお金が多くなってしまうからケチってこうしているのだろうが、3世帯が使うには今考えても小さすぎるゴミ箱だった。

そこで私が苦心の策として編み出したのが、買い物に行くついでにゴミ袋を持って行って、公園などのゴミ箱に捨ててくる・・・というせこい案だった。

ところがさっそく実行してわかったのだが、ここに来て不便があった。
何しろ見慣れない東洋人が歩いてくると、みなジロジロ見てくるもんだから、常に注目を浴びている訳で、公園のゴミ箱にゴミを捨てるなんて不埒な事を憚られてしまうのである。

仕方ないので早朝や夜など人通りの少ない時を狙って外出してゴミを捨てたのだが、その時に気付いたのだが、そんなセコい行動をしているのは、どうも私だけでは無いようだった。

いつもどうも先客がいる様で、まとまったゴミが他にも捨ててあるのである。
とにかくケチで有名なドイツ人である。誰か小さなゴミ箱でお金をケチって私と同じ境遇に陥った人がいるに違いない。

これはその後、公園にゴミを捨てるよりも、スーパーに買い物に行く時に、スーパーの前に設置してある巨大なゴミ箱にゴミをほおりこめば、より自然だというのに気付いてやめた。
買い物袋にゴミ袋を入れて、スーパーの前でゴミを捨てて、帰りは買った物を買い物袋に入れて帰るのだからさらに合理的だ。

それにしても、当時はそんな事でも結構苦労した。
今はなんとゴミの分別をしない建物に住んでいて、再生ゴミと有機ゴミのゴミ箱が無いから楽をしているが、ゴミ一つで随分考えさせられた事もあったものだ。

ちなみに有機ゴミは私は大嫌いで、出来る事なら出しに行きたくない。
何故かと言うと、一度、レストランの上の階に住んでいた時に、有機ゴミ箱を開けたら、前日にパエリアでも余りまくったのか、ご飯がいっぱい捨ててあった・・・・と思ったのだが、次の瞬間、そのご飯がウネウネと動き出したので一気に背筋が凍った。

そう、ご飯では無く、蝿の子供が涌いていたのだ。

それから1週間以上、私はご飯が食べられなかった。









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