独逸発! あや太郎新聞

欧州での9年に及ぶ様々な経験を得意の毒舌を生かし、斜め左から書き綴っていきたいと思います。そして私が小学生のころ、学級新聞として書いていた「あや太郎新聞」をここで復活させたいと思います。

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つい先日、ちょっとした野暮用でエストニアに飛ばなければいけなかったのだが、飛行機以外にも飛行場への移動など全部あわせて17時間の強行軍であり、出発前から体力的な不安は頭を掠っていた。

そもそも私は飛行機が結構苦手で、上がったり下がったりの気圧の差にやられて降りてから頭痛になる事が今までにもしばしばあった。

気圧の変化は飛行機に限らず、以前、住んでいた黒い森の奥地の村でも、天気の変わり方が激しすぎてよく頭痛を起こしていた。そもそも気圧の変化に弱い方なのだろう。

さらに出発日の前日の夜、なんだか喉の痛みが消えないと思い、生姜湯など飲んでいたにも関わらず、当日は喉の痛みも去ることながら関節痛。明らかな風邪の症状を呈していた。

そうは言っても私も今更引き下がれるような状況ですら無かったので、薬局で揃えられるだけの薬を揃え、結局エストニアに飛び立ったのだった。

思い出したら今までも確か2回ぐらい経験していたのだが、この時も、飛行機が降下を始めてしばらく経った時に、なんか変な感覚がした後、耳抜きが全く出来なくなった。

夏に日本に帰国した時も一度同じ状況になって焦ったが、今回も飛行機がどんどん高度を落としているのにつばを飲んでも、あくびをいくらしても耳抜きが出来ない。

だんだん耳が圧力で痛くなってきて、微量ながらあくびで少し空気が抜けるようなのでずっとトライしていたが、結局着陸した時には左耳がギンギンした状態で所謂、急性難聴の状態だった。

それでもあまりに楽観的な私はしばらくすれば治るだろうとタカをくくっていたのだが、結局次の日も一日中難聴状態で音楽に携わる私にとっては致命的な状況で、大事な用事に多大な影響を及ぼした。

しかし過ぎたことは仕方が無い。

問題は、この状況のまま、また帰りの飛行機に乗らないといけない事だ。

今回、私は体力に自信が持てなかったので、予定自体は無理をしないように組んでいたので、用事を済ませた次の日の朝6時出発の便もあったのだが、1日休んで次の日に飛ぶ便を選んでいた。今思えば幸いだった。

実は難聴だけでなく、風邪もひどくなってきていて、結局2日間、宿泊をしていた典型的過ぎるほどの安ホステルで寝込むことになった。

空港へのアクセスがベストだったのでここを選んだのだが、8qm も無いくらいの一人部屋で、シャワーとトイレは共同。壁は異様に薄くて隣からロシア語ががんがん聞こえてくる。

食事は近くのスーパーで何か仕入れてきて、これまた共同の台所で炊事する最も宿泊費が安いタイプ。

しかしこういう安宿も今までにユースオーケストラのプロジェクトなどで何度も経験した挙句に平気になってしまったので、今では宿で若者たちとの交流を楽しんだりもしている。

しかしなにしろ風邪なので、朝食すらついていないホテルを選んだのは判断を誤ったと思わざる得なかった。

それでも素晴らかったのは部屋でインターネットがやりたい放題だった事だ。

さっそく帰りの飛行機を変更する事を決め、現在住み込んでいるヒッピー家族に連絡。どうも耳鼻科に行かないとまずい旨をメールで伝えると、いい耳鼻科が無いか調べておいてくれるという。

さらに自分の難聴の状態がいったい難なのかWIKIで検索して大体予想を立て、どうも頭を高くして安静にしていないといけないという結論に至る。と、いうのも、耳の中に水が入っている感覚があって、横になるとそれがひどくなるのだ。

しかし頭を高くして寝るというのは中々難しい。悩んでいるうちに寝込んでしまった。

それでも帰る日までに耳の中の水や違和感は大分減り、鼻スプレーを用意して万全の状態で飛行機に乗り込み、離陸の時も着陸の時も一心不乱に耳抜きに集中しただけの事はあった。

今回のフライトでは無事に耳抜きを達成し、何事も無く着陸する事が出来た!!

そして荷物のレーンに向かう為にエスカレーターに乗っていると、人を押しのけて前に進んでいく奴がいる。
私の目の前のおじいさんを突き飛ばしたのでイラッとして

「おい、そんなに急ぐなら階段を使え!」

と怒鳴ったら、その時の自分の声があまりのオカマ声なのにびっくりした。
今度は喉がイガイガしていて声が変になっていた・・・。

まあ、飛行機が上空にいる時は機内の湿度は40パーセントを切ったりするぐらいだ。
乾燥のせいで喉をやられたんだろうと思い、ヒッピー宅についてお茶を飲んで眠りについたまでは良かったのだが、次の日目が覚めたら今度は声が出なかった。

何が困るって、内科と耳鼻科にすぐに向かおうと思っていたのに、声が出ないから診察の予約の電話も自分では出来ない状態だった。

それでもヒッピーのおうちに間借りをしていたのがラッキーで、ヒッピーお母さんが親切にも代わりに電話して予約を取ってくれた。内科のお医者さんは以前にもお世話になった事があり、ヒッピー家族から教えていただいた親切なお医者さんで、問題は無かったのだが、耳鼻科医が大変だった。

知り合いに聞いたり、ヒッピーお父さんが以前、友達を連れて行ったというスペイン系の名前のお医者さんを当たったりしたのだが、どうもいい医者に当たらない。

初めに言った医者は朝の8時に来いと言っていたくせに、いったらまだ医者は来てないし、診察する前に代金の10ユーロを払おうとしたら50ユーロ札では両替できないという。

お陰で医者が来るまでの1時間、町で50ユーロをくずせる場所を探す羽目になったが、朝の8時では喫茶店も何も開いていない。パン屋で50ユーロ出たって崩してくれるわけが無い。(ドイツでは。)
散々歩き回ってBIO Shop みたいな所でパンを買ってなんとかお金を崩したが、そもそも風邪で具合が悪かったので実にしんどかった。

さらに医者も最悪だった。いくら私が声が出ないとはいえ、ささやき声の私が言おうとしている事を聞きもせず、

「音楽で生活しているので耳をやられたら致命的なんです。聴力検査をしていただけませんか?」

と3度も交渉したのに聞き入れても利いてもくれず、鼓膜をみて鼻スプレーを処方されて返された。3分も診ていなかったと思う。

流石にこれは無い!と思い、処方箋薬局でもう一度

「私はどうしても聴力検査をしたいから、誰かいい耳鼻科知りませんか?」

と尋ねて別の所を紹介されるも、そこも休診。

ちなみに処方箋薬局の人はとても親切で、声が出ない私の話を一生懸命聞こうとしてくれた。
医者と大違いである。耳鼻科医だったら、喉頭癌などで声帯を切除してしまった人を相手にする事だってあるだろうに、そういう人たちの話もあんな風にしか聞かないのだろうか。

仕方ないので家に戻ってヒッピーお父さんにもう一度、別の友達に教えてもらった耳鼻科の予約を取ってもらったが、幸運な事にその日の午後に予約が取れた。

それで行って見たら待合室に通され、しばらく待っているともう一度受け付けに来てくれという。

何かと思えば、なんと私の保険が国立だから、もう一度予約を取り直せという。後でヒッピーお父さんに聞いた所によると、どうも私立の保険の方が払いがいいそうで、そっちを優先する為にこういう事を言い出す医者は結構いるという。

しかし、私にしてみればわざわざ40分かけて耳鼻科まで出かけた挙句に予約を取り直せとは馬鹿げている!
風邪でフラフラなのになめてんのか!!なんでせめて電話でそれを伝えておかなかったんだ!と大きな声で普段なら抗議していただろう。しかし、いかんせんささやき声しか出せないではないか。

それにしても腹が立ったので、

「別の医者に行くからもういいです。10ユーロ返してください。」

と言ってまた家に帰った。その帰り道に歌手のカロリーネにSMSで事情を話し、職業柄耳鼻科には詳しいだろう!と誰か知らないか聞いてみると、お勧めの女医さんがいるそうで早速教えてくれた。

またヒッピーお父さんに帰って頼んで予約を取ってもらったが、耳鼻科をめぐってこの日は病気なのに一日歩き回って疲れきった。ただ、声が出ないというハンデのせいで、いちいち帰宅してヒッピーお父さんに頼まないと予約出来ないのには参ったが、ヒッピーお父さんを初めとして、色んな人が私の声になってくれた。

初めにバス停から耳鼻科への道がわからなくて困っていた時も、初めに聞いた女の人が、彼女もわからなかった
からと言って、私の変わりに何人も別の人に聞いてくれた。

薬局の人も一生懸命聞こうとしてくれてありがたかった。

こういう経験をすると、私も同じような障害に悩んでいる人を見たら助けないといかんな!!と思わされた。
当たり前の事が出来ないのは、それが簡単に出来てしまう他人にはわかりづらい事だけれども、だからこそ出来る人がやってあげなくちゃいけないのだ。

ちなみに次の日の朝、尋ねたその女医さんは私の事情をこと細かくメモして、聴力検査は元より、鼓膜の聴力検査もしてくれて、まだ鼓膜の圧力が取れていないので意識して鼻を通さないといけない事、とはいえ聴力は職業音楽家に見られる一部音域の難聴も診られず、寧ろいいという事をきっちり説明してくれて、さらに声帯が炎症を起こしていて声が出ないので1週間は安静にしてないと駄目だと診断してくれた。

これでこそ医者だわー!と思ったが、たどり着くのは中々至難の道だった。

それに聴力検査で問題が無かった事で大分落ち着けた。

女医さんは私が音楽をやっていると言ったので、初めに声が出ないのを見て

「もしかして声楽なの??」

と心配していたが、何しろオーボエ吹きなので別に声が出ない事は私には不便ではあるけれども、ものすごい悲劇では無かったのだが、とにかく聴力だけは心配だった。その旨を伝えたので全部検査してくれたのはありがたかった。

ただ、少なくとも1日、耳鼻科を探して町を彷徨っていた為に大分疲れたらしく、次の日に訪れた内科医には

「なんで抗生物質与えたのに全然良くなってないの?!何してたの??」

と怒られた。全部耳鼻科のせいだと説明したかったが、この長い話をするにはささやき声は不便すぎた。

医者選びは重要だと思い知った今回の一件だった。

ちなみに大抵の人は私が声が出ないとわかるとじっくりと聞く姿勢になってくれてありがたい思いをしたが、抗生物質を呑み始めて4日目あたり、少し治って声が出るか出ないかの頃、私は外人局を訪れなくてはいけない用事があった。

最も外人にとって融通の聞かない場所がこの外人局なのであるが、流石にここではささやき声でいくら話しても

「聞こえないわよ!!」

と一喝されるだけなので、私は治りかけのガラガラ声で無理やりしゃべる他なかった。

それもまた不幸な事に、アポイントメントのダブルブッキングがあったらしく、いつもの担当官ですらなく、こわもてのおばちゃん担当官だった。

ああだこうだとその担当官に例のごとく何でドイツにいるんだなど追及されながらガラガラ声で答えていたら、流石に鬼の目にも涙であったか、

「あなた風邪なの?随分ひどいわね。」

などと言われた。このおばちゃん、後で思うと、飴と鞭を上手く使い分けて終始おばちゃんペースで上手く話をまとめていて、実はかなり有能な外人局担当官なのではないかという気がした。
必要書類を全て提出し、問答を終えるとぐったりと疲れを感じたが、部屋を出て待合室にいる別の外人たちに

「いやー、いきなり怒鳴られたりして大変だったよ。」

と話すと、

「その部屋の人はまだマシな方だよ。あっちにいる男の担当官は、まさに地獄の使者みたいに最悪なんだよ。」

とよく外人局に来ているのか詳しそうな女の子が教えてくれた。

そうは言ってもこの数十分で一気に病が悪化した気がした。

エストニアの教会







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