独逸発! あや太郎新聞

欧州での9年に及ぶ様々な経験を得意の毒舌を生かし、斜め左から書き綴っていきたいと思います。そして私が小学生のころ、学級新聞として書いていた「あや太郎新聞」をここで復活させたいと思います。

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ここの所、ドイツは急に寒くなり、最高気温がー2度などという状態。
昨日は雪が積もり、流石に外出を好んでしたくなる様な状態では無くなってきた。

そういう訳で、家に居る時間が増えたせいか、流石に家の汚なさが気になってきた。

とはいえ、私が引っ越してきた当初に比べたらかなりマシにはなってきてはいる。

何しろ、5月半ばに私が入居するまでは、ここは中国人ばかり4人ー7人くらいで住んでいたらしい。
部屋自体は4つなのだが、一部屋に3人で住んだりしていたらしいから、入居当時、道理であちこちに物が溢れているのもうなずける。

さらに当時、女の子も居たにもかかわらず、彼らは私が後に入居してから見た限り、一度として掃除らしき掃除をした事が無かったようだ。だから、私が入居してすぐに取りかかったのは掃除であり、その時の状態は筆舌に尽くしがたい、凄まじいばかりの汚さだった。

もしかして、ドイツに来て一番カルチャーショックを受けたのはこの時かもしれない。
隣に位置するくせに恐るべき大陸文化だ。

虫が涌いたり、汚れが堆積しすぎて一回の掃除ではこすり取る事も出来ない様な状態だったこの部屋も、なるべく定期的に私が掃除したせいもあり、ドイツの掃除道具の優秀さも手伝って、以前はおそらく

「中国で最も清潔なルームシェア」

というレベルだったらしきこの共同部屋も、

「ドイツの最悪に汚いルームシェア」

ぐらいのレベルに落ち着いてきた。やっとここで欧州レベルに追いついたかと言う事だ。

彼らはそれでも上流家庭の出身だろうと思われるので、一体中国本土ではどういう状況下なのかなどと思うと、日本に生まれた事を感謝したくなってきた。

さらに同居人もマイクとシ―の中国人二人と、たまに訪れるチェンジンというヴァイオリン科の女の子の3人に加えて、新たにカナダ人のアビというのが入居してきたので、中華率が下がった分、そこまですごい事にはならなくなってきた。

勿論、要らないと判断したものをどんどんゴミ箱に送り込んでいる私の努力も大きいだろう。
どうも奴らは溜めこむ習慣を持っているらしく、明らかに必要無いものがベランダに積みあがっていたりして共同部屋全体を狭くしている。これでも大分捨てたのだが、それでもベランダの山は低くなってこない。

最近、流石に一人だけで掃除しているのに切れてきたので、掃除分担表は作った。
一週間ごとに、廊下・台所・風呂場・買い物・・・・と係を決めて分担する様にしたのだが、そのお陰で、やっぱり入居して来ても、何もしなかったアビは掃除をする様になったのだが、中華の二人は駄目だった。
アビにしても、文句を言われないと自分からは掃除しないのは流石は欧米の自己中・個人主義である。

島国で育ち、他人の気持ちを察しながら穏やかな場を保つ事を理想とする大和民族の私はどうも繊細すぎるのかもしれない。自分も使っているから綺麗にしなければ・・・という公共心は無駄に働いていたらしい。

ところで、私は以前、中島敦に感化され、中国の儒教・道教の文献を読み漁った事があるが、いくら紀元前の文書だとは言えそこから思い馳せるに、歴史的に彼らは無政府主義的傾向があるので、ルールを作っても、守らせるのが既に難しいのではないかと思った。

さらに鍋からスープをこぼしてもそのまま・・・とか、ゴミ箱に投げ入れたゴミが外れてもそのまま・・・という状況で平気なのは、やはり文化の違なのか・・・・。

たまたま歴史大好きな私は司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んだりしているが、明治の頃の満州にして既に衛生環境の描写が凄まじい。その後も夏目漱石や岸田劉生なんかの文章でも糞尿の処理について下水道が無く、どうも垂れ流している様な記述をお見かけする。

勿論、昔の日本だって糞尿を肥料として使っていたから寄生虫が大問題になっていた訳だが、衛生環境に関しては、江戸のころから優等生だった様に記憶している。

文化の違いなのだろうか。だとしたらどこからこれだけの違いが発生するのか。

しかし、野生動物が強靭な様に、彼らの胃は強い。
一度、私が作ったトマトパスタソースが多すぎたから、彼らに

「一緒に食べる?」

と訊いた事がある。しかし、シーとマイク両方と私で3人前にするには少し少なかった。
そこでマイクが、

「ああ!じゃあ俺、バジルソース持ってるから混ぜてもいい?これ古くなってきてるし使っちゃいたいんだ!」

と言って、バジルソースを入れてしまった。トマトとバジルを混ぜるのはどうかと思ったが、やはりというか、色が肌色みたいになってきて、まるでゲロにしか見えない状態になった。

「気味が悪いな・・・」

と流石のマイクもつぶやいたが、試しに口に入れて見たら見た目ほど味はひどく無かった。
我々全員が非常にお腹を空かせていた事もあり、その後、これを3人で食べてしまったのだが、私はその後、一日中胸やけと吐き気が収まらなかった。

試しに二人に

「大丈夫だった?」

と訊いてみたら、

「何が?」

と言っていたから、何とも無かったようだ。

私は彼らから、中国に帰国した際のお土産でいただいた干し肉みたいなものを食べた時も腹を下した。
いや、中国産の食品は、私だって普段は極力買っていない。その危険性は知っているつもりだったが、頂いたものを捨てるには忍びなく、自分自身も欧州の人間たちに私が作った食べ物を見た時に、

「何これ?何が入っているの?」

と、いかにも「衛生的・若しくは健康的に大丈夫な食べ物なのか?」と言う事を言外に含まれているのを感じるとものすごく気分が悪いだけに、自分が同じ事を彼らにしたくなかったのだ。

しかし、奴ら欧州の馬鹿どもがそういう失礼な態度をするのは日本食の健康さを知らない無知によるものだ。だが、私は既に知識として中国食品の危なさは知っていたのだから、これは軽薄だった。

中国で肉を食べすぎたスポーツ選手がドーピング疑惑を受ける様な状態なのだ。かの国は。

豚に興奮剤を与えて動きまわらせて赤身を多くしたりするそうではないか。

日本では美味しい牛肉を作るために、牛にモーツァルトを聴かせたり、マッサージしたりしているのと何と言う発想の差であろう!!

しかし、それでも彼らに学ぶ所があるとすれば、やはり5000年の歴史が為せる大らかさであろうか。
短所でもあるが、我が同居人の人民達は細かい事を気にしない性格なので、いつも朗らかである。

日本人は基本的に先回りして何事も考えるし、心配性だから、こういう所はもしかしたら、見習ってもいいかもしれない。

でも、中国人のブログなどで、

「日本人はなんて清潔なのだ!」

なんていう記事を見かけると、「それは単に中華思想的な立場でそう見えるだけで、ドイツ人なんかもっと掃除悪魔だよ・・・」と思わざるを得ない。

まあ、この心配性のお陰で、日本人で胃を病む人は昔から多いが、この島国は独立を保つ事が出来たとも言える。

何事も短所と長所がある様だ。








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