独逸発! あや太郎新聞

欧州での9年に及ぶ様々な経験を得意の毒舌を生かし、斜め左から書き綴っていきたいと思います。そして私が小学生のころ、学級新聞として書いていた「あや太郎新聞」をここで復活させたいと思います。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私のマカオ行きは、まず、飛行機の予約の段階から難問が多かった。

仕事先のオルガナイズがあまり良くない・・・・という噂は、私の友達の中国人たちから既に噂として聞いていたのだが、1週間前辺りになってようやく日程を指定してきたから、既に推して知るべしだった。

何しろ、このハイシーズンである夏に、1週間前に飛行機を取らなくてはいけない状況に流石の私も焦った。

この時はまだドイツにいたのだが、この夏は日本に帰国するつもりで既に帰国便の飛行機のチケットを6月半ばに取っており、日本からマカオに飛ぶわけだから、今思えば日本の旅行会社でチケットを取っても良かった。

ただ、私がもう長い事、日本の旅行会社でチケットを取った事が無く、どうも日本の旅行会社のインターネットのサイトでのマカオ行きの出発便の検索がわかりにくかったので、手っ取り早くいつもチケットを買うドイツの航空会社で予約してしまった。

だから後で皆に馬鹿にされて気づいたのだが、香港に飛んでフェリーでマカオに移動するのが実は一番効率が良い方法だったらしい。
何しろドイツの旅行会社なんてマカオの事なぞ知りもしないものだから、その時は上海経由か台湾経由の選択肢しか出てこなかった。

台湾経由の便が台湾で1泊する必要があった為、台湾で帰りに憧れの故宮博物館をついでに見て帰るという誘惑があったものの、私は上海で中国国際航空からAir Macau を乗り継いで行く方を選択してしまった。

成田発8時55分発ー19時30分マカオ着だからその時は時間的にちょうど良さそうに見えたのだ。

成田国際空港では、何しろ飛行機も中国国際航空公司を使うわけだから、飛行機の中は既に中国人ばかりであろうと思ってドキドキしながら乗り込んだのだが、偶然かもしれないが、微妙に中国人の乗客と日本人の乗客はそれぞれ一緒にならない様に上手くまとめられていた。

だからありがたい事に私の周りは日本人のビジネスマンばかりで静かであり、後ろの方にいかにも中国人の観光客が固まって、大きな声で会話していた。

上海では乗り換え時間がなんと時差も含めて5時間もあり、中国国際空港をチェックアウトしてマカオ航空にチェックインするまで3時間ほど暇だった。それで少し円を人民元に換えてコーヒーでも飲もうとウロウロしていると、後ろから「くわーーー!!!」と、噂に聞いていた誰かの痰を吐こうとする音が聞こえてきた。

つい、私は好奇心がまさってどんな人なのかと振り返ってみてしまったのだが、予想を大きく裏切り、若い、普通の格好をした女の人が近くの植木鉢の根元に「ペッ!!」と痰を吐いていた。

それまでは外国とはいえ、そこここに我等が共通文化の漢字が溢れていて、私は日本の空港に似た感じを覚えて親近感を持っていたのだが、そこでいっきに自分がアウトサイダーである事を自覚した。

さらに私はつい、その女の人を珍しそうに凝視してしまった様なのだ。目が合ってしまったその女の人は、

「???」

と怪訝な表情で私の方を見ていた。彼女にしてみればもしかしたら、マナーを守って新築の上海国際空港のピカピカの床に吐かずに、植物の根にわざわざ痰を吐いたのかもしれなかった。

外を見ればなんだか濁った空が見えるし、噂に聞く凄まじい中国の大気汚染で、ああやって頻繁に痰を吐かなければ、喉が詰まって息が出来なくなるのかもしれない。まあ、私自身にそんな事は起こらなかったけれども。

マカオ行きに備えて、有名な中国ブログや中国の爆発ニュースには欠かさず目を通してきた私だったが、愈々自分がそのミラクルワールド中国大陸に足を踏み入れていると思うといきなりワクワクしてきた。

それらの記事には日本では考えられない体を張った冗談なのではないかと思える事件が数多く描写されていたのだ。

そもそも、出発の時に機内で配られた新聞の第一面が、例の高速鉄道の大事故だった事も、私のリアリティを増していた。中国語の新聞も手にとって見たが、流石に面子を気にする民族柄である。第二面に配置されていた。

空港での5時間はあまりに暇だったので、引き続きヒューマンウォッチングに勢を出したが、アジア人の顔というのは同じに見えて、なんとも種類の多いものだと思った。色々見ていると、絶対に日本人にはいない、明らかに中国人顔という人がたまにいて、浦沢直樹の漫画に出てくる中華街のマフィアの隠居にそっくりだった。

かといえば、知り合いにそっくりな顔も多く見かける。そもそも、私のドイツでの住処である中華ルームシェアの同居人である渓(シーと読む)にそっくりな中国人が多数いて、中国に滞在していた1週間の間に少なくとも5人は見かけた。

彼ももしかして中国人の代表の顔なのかもしれないが、前に遊びに来たMちゃんが渓を見て、

「ああいう人、クラスに絶対一人はいるよね・・・。」

と、コメントしていた様に、どこにでもいる顔の典型なのかもしれない。

麦克(マイクと読む)というもう一人の同居人は、実は知り合いのカウンターテナーの韓国人に瓜二つなのだが、彼自身が青島出身で、おまけに苗字が金だから、もしかしたら韓国系が入っているのかもしれない。

ただし、うちの同居人さんたちは、ゲストでよく訪れる辰君(チェンジンと読む)も含めて何故かみんな韓国が大嫌いなので、本人には怖くて伝えられないが、本人もたまに

「俺、韓国人大嫌い。ま、俺の名前、キムだけど!!(中国語ではジンと読む。)」

とネタにしているから、薄々恐れているのではないか。

そのうち時間が来て、マカオ航空に乗り込んだが、乗客の大概の人はマカオに帰るマカオ人か近くの出身者だった様で、明らかに周りが南方系のアジア人の顔になった。まず、背が低く、色黒で丸顔の人が多い。さらにただでさえせっかちな中国人の中でも、輪をかけてせっかちそうに見えた。

私自身は身長が170センチある上に顔が丸くないし、比較的肌の色が薄いから、明らかに異質だ。

スチュワーデスさんたちは、こんな所に滅多に日本人も乗ってこないし、勿論、中国語で話しかけてくるが、

「私、中国語出来ません。」

と英語で言っても諦めずに、

「マンダリンならわかりますか?もしかしてシンガポール人ですか?英語がいい?」

などと言って来る。日本人だとすぐにわからない様に、ヒューマンウォッチングをしながら中国人の動作などを観察しまくったが、とりあえず普通に誤魔化せるようだ。

ところでここでの第一の難関は、マカオに着いて無事にマネージャーさんが予約を入れてくれた旅館にたどり着けるかどうかだ。

行き方などは全てGoogle Map で出して印刷してきたが、万が一があってはならない。どうもマカオでは英語が通じにくいとガイドブックにもあった。

なので飛行機の中でマカオに着いてからやるべき事を整理し、降り立ってからすぐに両替してTourist Informationを探した。

タクシーはたまにボラれるとガイドブックにあった気がしたので、バスに乗って街の中心に出ようと思っていたのだが、インフォメーションのお姉さんが親切に教えてくれた所によると、バスではホテルの前まで行き着けないからタクシーにすべきだという事。
そんなに料金も高くないし、始めてマカオに来たのだったらなおさらそうすべきだと言うので、早速、的士と書いてあるタクシー乗り場に向かった。

ホテルの名前もポルトガル語と中国語の両方があり、タクシーの運転手は英語がわからないだろうから、とお姉さんは中国語のホテル名を書いて渡してくれた。

今だからわかるが、このお姉さんの機転が利いてなかったら、結構やばかった。
マカオでは本当に英語が通じなかったのだ。

さらに運のいい事に、タクシーの運転手さんが若い世代の上に、フィリピン人で英語が割合話せたので、意思の疎通が出来たのも実はマカオではかなり稀な事だった。

そうしてタクシーは夜のマカオへ滑り出した。

ちょうど日が暮れる所だったから、飛行機の窓からは海に面した港町だというのがわかったが、中心街はまさに夜に輝くネオン街で、日本では見かけない堂々としたキッチュさが明るく立ち並ぶカジノたちから発散されていた。

宿泊先は、今や植物人間なのではないかと噂される江沢民元主席も以前利用した格式高いホテルらしいと聞いていたが、どう見ても流行に乗り遅れた老舗ホテルという少し寂れた感じ。

でも上手い事に奥の角部屋をもらえたので、次の日のオーケストラのリハーサルのためにリードを準備するなどのちょっとした音だしを22時半頃までしていたが誰も文句を言わなかった。

(続く)


















スポンサーサイト
同居人のお陰で、大分中国大陸の様子にも興味が溢れて来ている所に、たまたま中国から突発的なお仕事をいただいて、夏に日本に帰国するのと合わせてマカオに飛び立つことになった。

ドイツを中心に周辺のヨーロッパ諸国であれば、私は一人であちこちに出て行った経験はいくらでもあるのだが、流石に中国は初体験だ。

大体、欧州なんてものは、EU圏であればどこもそこまでかけ離れた環境ではないし、既にドイツに9年も暮らしていて欧州文化の大体の事を掴んでいれば、予想からかけ離れた様なことはまずあまり無いと思ってよろしい。

勿論、東欧では若干、状況が異なるから、私も始めてチェコを訪れた時にタクシーにボラれたくらいの経験はある。

それでも、それらは私が同居人の行動を理解するためにインターネットで読み漁った中国関連の情報ほどかけ離れたものではない。

今までで唯一私が戸惑ったケースは、意外にも英国だった。
1時間ではあるが、ヨーロッパ内で時差に遭遇した上に、電化製品のプラグも電流もEUの規格と違っていて使えず、おまけに車が左通行だった。どうせ同じだろうとタカをくくっていた私は、前調べを怠っていたのを現地で思い知らせれた。

特に左側通行なのは日本も同じだから大丈夫だろうと思っていたが、どうも私の場合、外国に出た時にスイッチが勝手に切り替わるようになっていたらしい。

外国スイッチで右側通行だと頭で勝手に思っていたらしく、英国の左側通行は寧ろいちいち意識して左を確認しないといけないぐらい危険だった。日本に帰国しているときは普通に左側通行だと認識できるのに不思議である。

しかし、よく見るとご丁寧に道路にも「Look Right」とか「Look Left」とか書いてある。
きっとEUからの旅行客がうかつに反対側を見ていて事故に遭ってしまう事が多かったのだろう。

しかし、そこまでするぐらいなら欧州規格に統一してしまって右側通行にしてしまえばいいじゃないかと思うのだが、コストの関係なのか、英国のプライドか。トンネルで大陸と繋がっている今でも左側通行で貫く島国独立根性は流石であった。

これぐらいの違いでもやはり初めて行く場所で一人旅だと戸惑ったりする訳だから、インターネットで得た知識では相当異なる世界であろう中国へ向かうのは私も丹念に準備をせざる得なかった。

何しろ、まずぶつかるであろう大きな壁は「英語が通用するかどうか」だ。

お隣の香港では元・イギリス領であり、香港人の独立心も強いだけに英語の普及率はかなり高いのを香港出身の友達たちを見て知っているが、マカオはわからない。元・ポルトガル領とはいえ、大陸の影響が寧ろ強いらしい。

大体、元・ドイツ領の青島で別にドイツ語がしゃべられている訳では無い様に、マカオでもポルトガル語はほとんど普及していないようだ。

さらに中国、山東省と山西省出身の同居人連中に聞いたところ、マカオで話されているのは彼らがしゃべっている北京語とも違う広東語で、彼らですら広東語はヒアリングでは理解できないらしい。さらに私は中国語の4声の区別がどうにも出来なかったので彼らに教えてもらっていたのだが、広東語は4声どころか8声あるという。

これは筆談した方が早いのでは無いかと思いつつ、とりあえずホテルは仕事先のマネージャーさんが用意してくれている様だし、そこまで辿り着けばなんとかなるだろうと飛行機を予約し、中国語の会話本を購入しながら準備を進めた。

実は私は高校生の時に中島 敦にとことんはまって、彼の著作は勿論の事、彼が影響を受けたであろう漢籍を読みたくて四書五経や諸子百家を手当たりしだい読んでいた。
お陰で漢文は当時は書き下し分が無くても大体わかる所まで行っていた。

その後、音大に進み、ドイツに留学して大分経った今、別分野に長く関わっているせいで得た知識は大分抜け去っていったが、今でも当時憧れていた様に実は一度は中国には行ってみたかった。

私の大好きな道教などの文化はおそらく中国共産党によってほぼ消滅されているだろうが、それでも人々の中にある伝統みたいなものは中々消そうとしても残るものである。

それにマカオや香港は本土に比べて寧ろそういうものが残っている可能性が高い。

そういう訳で、不安よりはまだ見ぬ地に行く好奇心の方が大分勝っていた。



(続く)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。